のである。がそれは恵みの導きなくしては遂げらるるとは思えない。願わくば造りたるものの恵み、自分とおよび、自分とともに造られたるものの上にゆたかならんことを。
[#地から2字上げ](一九二一・一・一八朝)
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憧憬
――三之助の手紙――
哲学者は淋しい甲蟲《かぶとむし》である。
故ゼームス博士はこうおっしゃった。心憎くもいじらしき言葉ではないか。思えば博士は昨年の夏、チョコルアの別荘で忽然として長逝せられたのであった。博士の歩みたまいし寂しき路を辿《たど》り行かんとするわが友よ、私はこの一句を口吟《くちずさ》むとき、髯《ひげ》の疎《まば》らな目の穏やかな博士の顔がまざまざと見え、たとえば明るい――といっても月の光で微《ほの》白い園で、色を秘した黒い花の幽《かす》かなる香を嗅《か》ぎながら、無量の哀調を聞くごとくそぞろに涙ぐまるるのである。しこうしてこうして哀愁に包まれたとき私が常になすがごとくに今日も君に書く気になったのだ。
その後生活状態には何の異なりも無い。ただ心だけは常に浮動している。なんのことはない運動中枢を失った蛙のごとき有様だ。人生の愛着者《あ
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