ニができよう。私にはその自信はない。もし私の恋愛が哲学の上に立ちて初めて価値あるものであるならば、もしその哲学が崩壊したとき恋愛の価値もともに滅びなければならない。かくのごときことは私の堪え得ざる、また信じ得ざることである。私はいかにしても恋愛の自全と独立とを信仰せずにはいられない。たとい私の恋愛論を破砕する人があろうとも、それは私の恋愛の価値とは没交渉なことである。恋愛は私の全部生命を内より直接に力学的に纏めているのである。これを迷信というならば恋愛は私の生活の最大の迷信である。誰か迷信なくして生き得るものがあろう。偉大なる生活には偉大なる迷信がなければならない。私はこの頃つくづく思い出した。自分で哲学の体系を立てて、その体系にみずから頷《うなず》いて、それに則《のっと》って充実徹底せる生活を求めることができるであろうか。充実せる生活は生活の価値がただちに内より直観せらるるものでなければならないのではあるまいか。かくのごとき生活の骨子たるものは哲学ではない。芸術でもない。ただ生活の迷信である。この迷信に支えられてこそ初めて哲学と芸術とは価値と権威とを保ち得るのである。この迷信の肯定さ
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