ヨわりもないもののように冷然として静まり返っていた。私はとりつくしまもなかった。私がよしやそこに立ってる大樹の肌に抱きついて叫んだとて、雨に濡れたる黒土に噛みついて号泣したってどうともなりはしないではないか。
 私は抱きつく魂がなくてはかなわないと思った。私の生命にすぐに燃えつく他の生命の※[#「火+稻のつくり」、第4水準2−79−88]がなくては堪えられないと思った。魂と魂と抱擁し、接吻し、嘘唏《きょき》し、号泣したかった。その抱擁の中に自己のいのちが見いだしたかった。
 私は山頂の茶店の古ぼけた登山記念帖に次のようなことをなぐり書きに書きのこしてひとり淋しく山を下りた。

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 何者かを求めて山に来りき。されど求むるところのものは自然にてはあらざりき、人なりき、愛なりき。たとい超越的の神ありたればとてわれにおいて何かせん。ああ人格的、内在的なる神はなきか。わが霊肉を併せて抱擁する女はなきか。
[#ここで字下げ終わり]

 山から帰ってから、私の心はいっそう淋しくなった。そしていっそう切迫してきた。しかし私は私の心の不安と動揺とにほぼ明らかなる形をあたえることがで
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