してゆくほかはない。しかしフランシス型の人があれば私は尊敬する。私は平民その人は貴族(精神的)と思おう。社会に階級があるのが不服なのはその階級が Tugend の高下に従っていないからである。私は聖人に頭を下げるのは不服ではない。トルストイはトルストイ、フランシスはフランシス、それで神の前にチャンと調和しているのではあるまいか。私はトルストイ型の人に深く同情する。しかしフランシス型の人を軽蔑するのは本道ではないと思う。人生の罪にまみれた後でなければ深い信仰は得られないのは多くの人々にとって本当である。しかし罪にまみれることはうれしいことではない。まみれずにすめばこれにこしたことはない。そのような人は最も祝福された人間である。私はその人を心から祝すようになりたい。私はかような意味において仏者がたてた種々の戒律を生かしたい。もとより戒律は宗教の本質ではない。しかし戒相を帯び得る人は祝福された人(あるいは業の浅き人)である。肉食妻帯はけっして真宗信者の特色ではない。肉食妻帯しても救わるるであろう。しかしこの戒律を守り得る人は恵まれた人である。戒相を帯びたるがゆえに真宗信徒でないことはない。法然上人のいわゆる「一人にて念仏申さるる人」は「妻帯して念仏申さるる人」よりも業の浅き人である。「何事も宿縁まかせ」にてこれをしいて固執することはできないけれども、身を聖潔に保ち得ることは望ましきことである。身におのずから戒相の備わる人は真に尊い人である。かようなことは小さきことであると私は思いたくない。罪はいかに小さくとも恐ろしい。親鸞聖人はその貞潔のゆえに、きっと法然聖人を尊敬せられたであろうと思われる。蓮照坊《れんしょうぼう》は信心決定した後も、敦盛を殺したことを思い出すごとに、胸を打たれたに相違ない。殺生や姦淫を予想する肉食妻帯について、あまりに鈍感になることは真宗信徒の恥辱である。
[#地から2字上げ](一九一七、秋)
[#改ページ]

 地上の男女
       ――純潔なる青年に贈る――

 肉体的要求を、ただ肉体的要求なるがゆえに悪しと見る思想が斥《しりぞ》けられてから、近代の教養を受けたる人々は、官能の要求に多大の価値を認めてきた。しこうしてそれは正しき主張であった。けれども軽卒なる近代人は、近代の文化が一般にその上を迷いきたる外道に導かれて、多くの重要なる錯誤に陥ったように見ゆる。中につきても、私はその最も忌むべきものの一つとして、愛と肉交との問題を挙げずにはいられない。
 男女が肉体の交わりをなすことは、日本の在来の習慣(あえて道徳とはいわない)ではなんらかの形式において社会的公認を得たる夫婦の間においてのみ正しとされた。近代人はまずこの思想を毀《こわ》した。私もこれに対してはなんらの異議も持たない。道徳は社会制度の規定より生ずるものではない。天の下、地の上に人間と人間とが交わるときに、われらの心の奥に内在する真理の声によって定まるのである。たとい夫婦の間に行なわるる肉交のみが正しとするも、(私はそれをも認めないが)そは夫婦なる社会上の規定にその根拠を持たずして、夫婦関係に特在するある事情がそれを許すのでなくてはならない。これに次いで来たるものは、恋愛が存在する男女間の肉交は正しとする思想である。この思想は新人の間に最も認めらるる思想であって、ここに私は主としてこの思想に対する私の疑点を述べたいのである。このほかになお一般に絶対に肉交を是認する思想がある。その唯一の理由は肉交は人間の自然に与えられたる生理的要求であるからであるというのである。しかし、それは道徳とは何の関係もない、単に事実である。存在の法則から価値の法則を導くことはできない。単に要求といわば、人間のすべての行為は形式上要求の充足である。いかなる行為も十分なる動機の充足律なくして生ずるものはない。けれど道徳はそれを善しと見あるいは悪しと見ることができる。ドイトリッヒにいわば、人間のあらゆる要求をばことごとく悪しと見ることも可能なのである。さて、愛があれば肉交をしても善いという思想はどこにあるのであろうか。それは愛を善しと見る、しこうして肉交は愛の必然的結果であるというのである。おもえらく、生命は第一に精神と身体との無関係の別個の両存在ではなく、この二者は一如である。一つの全体としての生命の二つの顕現である。肉体は精神の象徴である。一つの全体として生命を内観すれば精神であり、外より官能を透して知覚すれば身体である。ゆえに内にありて心と心との抱合は、外にありては肉と肉との抱合である。愛が最高潮に達せるとき、それを外より見れば肉交となる。すなわち相愛の男女の心と心との抱合を象徴するがごとき肉交は善いというのである。かつて私はこの思想を信じた。そして私は単に肉交を許さるべ
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