送らんことを心がけているものであるが、その他に自分はまたできるだけ多くの個々の人々に、できるだけしみじみと触れ合うことを願わずにはいられない。また願うことを義務と信じているものである。しかしこの最後の願いは自分にはじつに僅かしか満たされることはできない。そこに人間の限り、地の約束というものがじつに痛切に感じられてくる。自分は自分の創作的欲望の十分の一ほども満たすことのできない微弱な肉体的精力を持った芸術家である。自分のごとく作品の少ない芸術家は稀であろうと思う。自分はそのほんの僅かな仕事と、その仕事に欠くべからざるじつに少しの読書とですべての精力を費してぐったり[#「ぐったり」に傍点]してしまう。それだけさえも健康を傷つけることなくしてはできないのである。しかもそれだけさえもできない日の方が多いのである。その他の時間をもって自分は自分の第三の奉仕をしなければならない。その結果は自然の数として個々の人々に対する奉仕の粗略ということにならずにはおかない。しかもそれは自分が最も好まないことなのである。自分はせめて訪ねてくれる人々としみじみと語り、手紙をくださる人に行き届いた返事を出すことだけでも心ゆくだけしたいのである。
 自分が一本の手紙を書けばどんなに喜んでくれるかもしれないハンブルな人がじつに多いのである。本当に自分はそういう人に対してはもったいない気がする。しかしそれだけのことさえも自分にはできないのである。しかも自分は多数の人々に公平を保つために一人に五、六行のはがきを出すような方法をとる気にはなれない。したがってある比較的少数の人々にかなり[#「かなり」に傍点]行きとどいた返事をし、またかなり[#「かなり」に傍点]しみじみと応接することによってこの第三の奉仕をさせて貰っている。そのためにはついにすべての手紙にことごとくは返事を書くことができず、来る人に毎日いつまでも面会することが許されない結果になる。このことはけっしてある人々には返事を書かなくてもいいと思い、またある人々にはお目にかからなくてもいいと思っているのではない。自分が千手観音でない人身であるために起こるやむをえない結果である。自分はこのことを歎かずにはいられない。もしこの土が浄土であり、自分が観音であるならば、かかる歎きはなくてすむはずである。自分はかかる土とかかる身分とを憧れずにはいられない。自分
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