さえほとんど不可能な至難なことである)人間としての徳が完成していない。さらに受け取ることの自由を得んと努力しなければならない。実際近代人はパッシーブの徳においてことに貧弱である。信じがたい、受け取りがたい、堅い、狭い魂である。もっと魂の口を開いてすらすらと受け取ることはできないものであろうか。求めず、訴えず、信ぜず、受け取らず、海底の貝殻のごとくに孤立しょうとする。それは二十世紀の最も大きな悪い傾向である。これというも人間があまりにしばしば互いに欺き、惜しみ、裁いたからである。一言にいわばエゴイスチッシュになったからである。
 ツルゲネフの小説に「徳」たちが天国で出逢って互いに挨拶をしたときに、二人の互いに見知らぬ顔の(Tugend)があった。一つは「慈悲」で他の一つは「感謝」であった、という話があるそうであるが、今の世の中ではこの最も親しかるべきはずの愛と感謝とが出逢うことが最も稀であるように見える。そして愛しても受け入れられないほどの悲しいことがあろうか。ロバートソンの説教にあるようにキリストの最も淋しかったことは自分の愛を人々が受けいれてくれないことであったであろう。与えたいときに受け取ってくれる人の無いのはじつに淋しい。私自身もだんだんに求め訴える気がしなくなってゆく。人生のつめたいことを知り人心の信じがたきことを知れば知るほど求める気のなくなるのはじつに無理からぬことである。人を見れば親切にはしてくれぬものと思い、女を見れば愛してはくれぬものとあきらめるようになってゆく。あの『死人の家』に出る犬が人を見れば打たれるものと決めてドストエフスキーの目の前でも寝転んで鞭を待ち設けた、というように、私たちも初めからあてにはせぬようになってゆく。けれども思えばそれは善い傾向ではない。ドストエフスキーはシベリアの牢獄で囚人らから排斥せられたときにはそれを白眼でも見ず、また超然として、荒々しく、内心で侮辱してもすまさず、心から悲しきことに思ったのであった。それは真面目な善い心である。訴えることは弱いことではない。与えてくれねば悲しむがいい。そしてやはり求めるがよいと思う。まれに愛を用意している人に出逢うときには、そのような善い心は雨の畑の土に吸われるように潤されることができるからである。「求むるものは幸いなり。そは与えらるべければなり」と耶蘇がいったのはこの純な心と心と
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