垂れたことであろう。涙を涸《か》らした、センチメントを抜いたショオの芸術の深刻を、人生の観方《みかた》を私はあなたに薦《すす》めたい。
 Y君、私はまことに無遠慮にあなたの生活を批評した。私があなたの生活に対する疑問を誌上で公表したのは、私がヒロイックな精神に動かされたからである。あなたを中心として周囲に漂う気分が、校内に蔓延《まんえん》することを、「真新なる生活」のために憂えたからである。私はいま少し生活に対する批評的精神が校内に起こらねばならぬと思う。ただ私が懼《おそ》れるのは私がはたしてあなたを理解してるかどうかということである。もし私の理解が浅薄であるのならば、私は赤面してあなたに謝する。私はまだ書きたきことの多くを種々の事情で発表することができなかったのである。
 あなたは今や美しき告別の辞を残して本校を去られるのである。この後といえどもあなたのいわゆる自信ある生活を続けてゆかれることと思う。私の無遠慮な批評が少しでもあなたに反省を促せば幸いである。私としてはあなたが新渡戸《にとべ》先生の宗教に赴かれないで、ドストエフスキーの宗教に入られることを切望するのである。あなたと肩を並べて卒業すべかりし私は、一年遅れ、また一年遅れることになった。私はまだまだ考えねばならない。あらゆる生物はただ生きてるがゆえに「生」に忠実でなければならない。ともに生きてるがゆえに他人の真摯なる生活の主張に傾聴しなければならない。私はあなたの私に教えられんことを求むるものである。終わりに臨んであなたの生命の真実なる発展をいのる。
[#地から2字上げ](一九一三・六・五)

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付記。自分はこの文章に対してY君から一つの手紙を受け取った。それは本当にキリスト者らしい、謙遜な、少しも反抗的な気分の含まれないかつ美しい知恵に富めるものであった。その手紙はその後の自分に深い、いい影響を及ぼした。自分は数年後広島の病院から君に自分の不遜を謝する手紙を送ったのに対して、君はまたじつに美しい手紙をくださった。そして自分を青年時代の恩人の一人に数えてくださった。自分は君の名誉のためと、君に対する自分の敬意を表するためにこのことを付記することを禁じ得ない。自分が今日キリスト者に対して、あるツァルトな感情を抱いているのは君に負うところが多い。自分はこのことを感謝
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