「それでもようござんす、馬鹿申せッて、呼ぶんですの。するとお蔵が、馬鹿申せと答えてくれるでしょうよ。……納谷《なや》様の鸚鵡蔵ですものねえ」
「納谷様?」と少年武士は驚いたように、
「では、あれが、納谷殿のお屋敷か?」
「そうよ。でもどうしたのさ、親しそうに納谷殿なんて?」
「拙者、納谷殿屋敷へ参る者じゃ」
「まア、坊ちゃんが。……では、坊ちゃんは?」
「納谷の親戚《みより》の者じゃ」
「まあ」
「身共《みども》の姉上が納谷家に嫁しておるのじゃ」
「まあ、それでは、奥様の弟?」
「うむ」
「お姓名《なまえ》は?」
「筧菊弥《かけいきくや》と申すぞ」
「まあまあ、そうでしたかねえ」と云うと女は立ち上った。

首を洗う姉
 それから、草の上へ、さもさも疲労《つかれ》たというように、両脚を投げ出して坐っている、菊弥を見下したが、
「では菊弥様、妾《わたし》もう一度|貴郎《あなた》様にお目にかかることでしょうよ。……そうして一度は、その愛くるしい……」
「斬るぞ!」
 キラリと白い光が、新酒のように漲《みなぎ》っている夕陽の中に走った。菊弥が三寸ほど抜いたのである。とたんに、女は走って、二人
前へ 次へ
全30ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング