ーッ」とお篠は後を追った。竹の根につまずいて転んだ。起き上って後を追った。またつまずいて仆れた。起き上って後を追った。いつか竹藪の外へ出た。茫々と蒼い月光ばかりが、眼路の限りに漲ってい、すぐ眼の前に、鸚鵡蔵が、白と黒との裾模様を着て立っていたが、雄之進の姿は見えなかった。絶望と悲哀とでお篠は地へ仆れた。そこで又愛し憐れみ尊敬している良人《おっと》の名を、声限りに呼んだ。
「雄之進殿オーッ」
声は鸚鵡蔵へ届いた。
鸚鵡蔵は、「雄之進殿オーッ」と木精《こだま》を返したか? いや、鸚鵡蔵は沈黙していた。
しかしどこからともなく、哀切な、優しい声が、
「お篠オーッ」と呼び返すのが聞こえた。
「あ、あ、あ!」とお篠は喘いだ。
「ご病気でお声さえ出なくなった旦那様が、妾の名を、妾の名を、お篠オーッと……」
嬉しさ! 恋しさ! お篠は又も声限りに呼んだ。
「雄之進殿オーッ」
「お篠オーッ」
手燭の燈も消えた暗い蔵の中では、菊弥が恐怖で足も立たず、床を這い廻っていた。と、戸外から聞き覚えのある姉の声で、人を呼んでいるのが聞こえた。菊弥は嬉しさに声限り、
「お篠お姉様アーッ」と呼んだ。
壁
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