匕首が突立っている。
「う、う、う、う!」
のめっ[#「のめっ」に傍点]て、地蔵尊へ縋りついた。飯食い地蔵は仆れ、根元から首を折ったが、胴体では、嘉十郎を地へ抑え付けていた。
お篠はベタベタと地べた[#「べた」に傍点]へ坐った。
(助かった! 助かった!)
その時、祠の陰から、お篠の代首を、今は口には銜えず、可憐《いとお》しそうに両袖に抱いた、仮面のような獅子顔の男が妖怪《もののけ》のように現われ、お篠の横へ立った。
「雄之進殿オーッ」
それと見てとったお篠は、縋り付こうとした。
しかし、納谷雄之進は、自分の悪疾を、愛する妻へ移すまいとしてか、そろりと外して、じっとお篠を見下ろした。盲いかけている眼から流れる涙! 血涙であった!
「旦那様アーッ」
なおお篠は、雄之進の足へ縋り付こうとした。
しかしもうその時には、――蔵の中に隠れ住むことにさえ責任《せめ》を感じ、家の名誉と、愛する妻の幸福のために、今度こそ本当に、帰らぬ旅へ出て行こうと決心し、愛し愛し愛し抜いている妻の、俤を備えている代首、それだけを持った雄之進は、竹藪を分けて歩み出していた。
「妾もご一緒に! 雄之進殿オ
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