》を持った獅子顔を正面に向け、階段を下り切ったのは、それから間もなくのことであった。髪を銜えられて、男の胸の辺りに揺れているお篠の首は、手燭の光を受けて、閉じた両眼の縁が、涙で潤っているように光っていた。その顔の左右へは、男の、髻の解けた長髪が振りかかり、女の首を抱いているように見えた。
「わッ」という怯えた声が響いた時には、綱五郎は躍り上っていた。刹那、匕首《どす》が閃めいた。綱五郎が抜刀《ぬい》て飛びかかったのである。再度悲鳴が聞こえた時には、生首を銜えた男の手に、血まみれの匕首が持たれ、その足許に綱五郎が斃れていた。その咽喉から迸《ほとばし》っている血に浸り、床の上に散乱しているのは、昨日、お篠が主屋の奥座敷で洗っていた、十個の代首《かえくび》と、その首の切口の蓋が外れ、そこから流れ出たらしい無数の甲州大判であった。
 恐怖から恐怖! ……賊に襲われる恐怖からは危うく助けられたが、殺人《ひとごろし》の悪鬼の出現に、戦慄のどん底へ落とされた菊弥は、床の上へ坐ったまま、悪鬼の姿を、両手を合わせてただ拝んだ。そういう菊弥を認めたのか認めないのか、仮面《めん》のような獅子顔を持った男は、
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