にしながら、時々それを喫《す》い、昼の月が、薄白く浮かんでいる初夏の空へ、紫陽花《あじさい》色の煙を吐き吐き、少年武士をからかっているのであった。
 少年武士は、年増女にからかわれても、仕方ないような、少し柔弱な美貌の持主で、ほんとうに、お寺小姓ではないかと思われるような、そんなところを持っていた。口がわけても愛くるしく、少し膨れぼったい唇の左右が締まっていて、両頬に靨が出来ていた。それで、いくら、無礼だの、斬るぞだのと叱咤したところで、靨が深くなるばかりで、少しも恐くないのであった。玩具のような可愛らしい両刀を帯び、柄へ時々手をかけてみせたりするのであるが、やはり恐くないのであった。旅をして来たのであろう、脚絆や袴の裾に、埃《ほこり》だの草の葉だのが着いていた。
「坊ちゃん」と女は云った。
「あそこに見えるお蔵、何だか知っていて?」
 眼の下の谷に部落があり、三四十軒の家が立っていた。農業と伐材《きこり》とを稼業《なりわい》としているらしい、その部落のそれらの家々は、小さくもあれば低くもありして、貧弱《みすぼら》しかった。
 上から見下ろすからでもあろうが、どの家もみんな、地平《じべ
前へ 次へ
全30ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング