アあるめえが。……まあそんなこたアどうでもいい。さてこれからどうしたものだ」
 鬼小僧はちょっと途方に暮れた。
 夜をかけて急ぐ旅人でもあろう吾妻橋の方から人が来た。
「うかうかしちゃアいられねえ。下手人と見られねえものでもねえ。よし」と云うと鬼小僧は、侍の片袖を引き千切り、首を包むと胸に抱き、ドンドン町の方へ走っていた。

 数日経ったある日のこと、東海道の松並木を、スタスタ歩いて行く旅人があった。他でもない鬼小僧で、首の包みを持っていた。
「葬り損なって持って来たが、生首の土産とは有難くねえ。そうそうこの辺りで葬ってやろう。うん、ここは興津だな。海が見えていい景色だ。松の根方へ埋めてやろう。……おっと不可《いけ》ねえ人が来た。……ではもう少し先へ行こう」
 で、鬼小僧は歩いて行った。

 爾来十数年が経過した。
 その頃肥前長崎に、平賀|浅草《せんそう》という蘭学者があった。傴僂で片眼で醜かったが、しかし非常な博学で、多くの弟子を取り立てていた。
 彼の書斎の床間に、髑髏《どくろ》が一つ置いてあったが、どんな因縁がある髑髏なのかは、かつて一度も語ったことがない。
 だが彼は時々云っ
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