ます」
「お杉様と呼ぶ? お杉様と?」
お杉は思わず鸚鵡《おうむ》返した。
彼女には辻斬りの侍の、何者であるかが直覚された。
「三之丞様に相違ない」
彼女は固くこう思った。恋する女の敏感が、そういう事を感じさせたのであった。お杉様と呼ばれる若い女は、この世に無数にあるだろう。お杉様と呼ぶ侍も、この世に無数にあるだろう。しかしお杉はその「お杉様」が、自分であることを固く信じた。そうしてそう呼ぶ侍が、三之丞であることを固く信じた。
「気の毒なお方。……三之丞様。……そうまで兇暴になられたのか。……妾には解《わか》る、お心持が。……では妾も覚悟しよう。……妾はかつえ[#「かつえ」に傍点]蔵へ入ることにしよう。……あのお方のために。……三之丞様のために」
7
浅草の夜は更けていた。馬道二丁目の辻から出て、吾妻橋の方へ行く者があった。子供かと思えば大人に見え、大人かと思えば子供に見える、変に気味の悪い人間であった。
と一人の侍が、吾妻橋の方からやって来た。深編笠を冠っていた。憂いありそうに俯向いていた。まさに二人は擦れ違おうとした。
「待て」と侍は声を掛けた。
「何でえ」と小男は足
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