》な相手は出されない。……観世氏、お出なさい」
「はっ」というと観世銀之丞は物臭さそうに立ち上がった。

    観世銀之丞引き退く

 観世銀之丞は能役者であった。それが剣道を学ぶとは、ちょっと不自然に思われるが、そこは変り者の彼のことで、一門の反対を押し切って、千葉道場へは五年前から、門弟としてかよっていた。天才にありがちの熱情は、剣道においても英発《えいはつ》し、今日ではすでに上目録であった。千葉道場での上目録は、他の道場での免許に当たり、どうして堂々たるものであった。もっとも近来憂鬱になり、物事が退屈になってからは、剣道の方も冷淡となり、道場へ来る日も稀《まれ》となったが、今日は珍らしく顔を見せていた。
 道具を着けるとしない[#「しない」に傍点]を取り、静かに前へ進み出た。で田舎者もうずくまり、しない[#「しない」に傍点]としない[#「しない」に傍点]とを突き合わせた。と田舎者はまたいい出した。
「へえ、ちょっくらおきき致しますだ」「ああ何んでもきくがいい」「お前様の位所《くらいどころ》はえ?」「おれはこれでも上目録だよ」「へえさようでごぜえますかな。千葉道場での上目録は、大
前へ 次へ
全324ページ中88ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング