平手様、平手様、ご都合よくば一面いかがで? おうかがい致してもよござんすかえ?」
「おお千三屋か、平手は留守だ。が構わぬ、はいって来い」観世銀之丞の声であった。
「真っ平ご免くださいまし」
スルリと千三屋は襖を開けると、隣りの部屋へ入り込んだ。
相変らず銀之丞は寝転んでいた。無感激の顔であった。しかしその眼の奥の方に、火のようなものが燃えていた。圧迫された魂であった。
「おい千三屋、おれは考えたよ」珍しく銀之丞はしゃべり出した。「禁制の海外へ密行するか、そうでなければ牢へはいるか。この二つより法はないとな。こうでもしたらおれの退屈も、少しぐらいは癒《いや》されるかも知れない。海外密行はむずかしいとしても、牢へはいるのは訳はない。他人の物を盗めばいい。どうだ千三屋賛成しないかな」「へーい」といったが商人は、度胆《どぎも》を抜かれた格好であった。「今日は悪日でございますよ。お杉の奴には嚇《おど》される、あなた様には脅かされる、ゆうべの夢見が悪かった筈だ」「お杉が何を嚇かしたな?」「へい七不思議の講釈で」「ナニ、七不思議だ? 馬鹿な事をいえ。そんな言葉は犬に食わせろ。一切この世には不思議
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