て来た。ポンポン、ポンポン、ポンポンと、堤に添って遠隔《とおざか》って行った。
すいかけた煙管《きせる》を膝へ取り、平八老人は耳を澄ましたが、次第にその顔が顰《ひそ》んで来た。
梅はおおかた散りつくし、彼岸の入りは三日前、早い桜は咲こうというのに、季節違いの大雪が降り、江戸はもちろん武蔵《むさし》一円、経帷子《きょうかたびら》に包まれたように、真っ白になって眠っていたが、ここ小梅の里の辺《あた》りは、家もまばらに耕地ひらけ、雪景色にはもってこいであった。その地上の雪に響いて、鼓の音は冴え返るのであった。
「よく抜ける鼓だなあ」思わず平八は感嘆したが、「これは容易には忘れられぬわい。ああ本当にいい音《ね》だなあ。……しかし待てよ? あの打ち方は? これは野暮だ! 滅茶苦茶だ! それにも拘らずよい音だなあ」
ついと平八は立ち上がった。それからのそり[#「のそり」に傍点]と縁へ出た。
「さて、ご老体、出かけましょうかな」
「ナニ出かける? はてどこへ?」一閑斎は怪訝《けげん》そうであった。
「刃の稲妻……」と故意《わざ》と皮肉に、「消えた提灯、女の悲鳴、雪に響き渡る小鼓とあっては、こい
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