にバタバタと倒れる音、「エイ」と軟らかい引き呼吸、もうその時には彼の体は、帆柱の下に佇んでいた。それからゆるやかな幾呼吸、微塵|労疲《つか》れた気勢《けはい》もない。で、また賊はムラムラと散ったが、それでも逃げようとしないのは、不思議なほどの度胸であった。彼らは口々に警《いまし》め合った。
「手強《てごわ》いぞよ手強いぞよ!」「用心をしろよ用心をしろよ!」

    秋山要介と森田屋清蔵

 そこで遠巻きにジリジリと、またも賊どもは取り詰めて来た。しかし武士は動かない。ただ凝然《じっ》と見詰めていた。口もとの辺にはいつの間にか、憐れみの微笑さえ浮かんでいた。
 と、また同じことが繰り返された。賊どもがまたも押し寄せて来た。忽ち掛けられた喉的破音《こうてきはおん》。同時に武士の長身は、敵の中へ飛び込んでいた。ピューッという風鳴りの音、続いて賊どもの倒れる音、そうして軟らかい気合いと共に、武士の姿は帆柱のもとに、端然冷然と立っていた。
 判で押したように規則正しい、その凄烈の斬り込みは、なんと形容をしていいか、言葉に尽くせないものがあった。
 帆綱の蔭に身をひそめこの有様を眺めていた、玻璃
前へ 次へ
全324ページ中262ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング