両国の方へ逃げたのでござる」
「そうして、武辺者の目的というは?」
「それがとんと分《わか》らぬのでござるよ」平八の声には元気がない。「五人の人間の行動は、あらかた足跡で分ったものの、その外のことはトンと分らぬ」「お前様ほどの慧眼《けいがん》にも、分らないことがござるかな?」「不可解の点が四つござる」「四つ? さようかな、お聞かせくだされ」
「鼠小僧と想像される男が、この場へ来かかったのは何のためか? 偶然かそれとも計っての事か?」「いかさまこれは分らぬわい」「頭髪《かみ》を切ったは何のためか? 威嚇《いかく》のためか意趣斬りか? これが第二の難点でござる。武辺者はいったい何者か? 浪人か藩士かその外の者か? これが三つ目の難点でござる」「そこで四つ目の難点は?」
「美音の鼓! 美音の鼓!」
「さようさ、鼓が鳴りましたな」
「誰が鼓を持っていたのか? 何のために鼓を鳴らしたのか? 誰が鼓を鳴らしたのか? その鼓はどこへ行ったか?」
「いやはやまるっきり分りませぬかな?」「かいくれ見当がつきませぬ」
この時下男の八蔵が、突然大きな嚏《くしゃみ》をした。彼はいくらかおろかしいのであった。
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