剣の神様でございます。先生にじっとつけられました時、これまでかつて感じたことのない、畏敬の心が湧きました。そうして先生のお姿も、また鉄扇もなんにも見えず、ただ先生のお眼ばかりが、二つの鏡を懸けたように、わっちの眼前で皎々《こうこう》と、輝いたものでございます。とたんにわっちの構えが崩れ、あの通りの有様に気絶してしまったのでございます」
忠次ほどの豪傑も、こういってしまうと額の汗を、改めて拭ったものである。
国定忠次の置き土産
上州の侠客国定忠次が、江戸へ姿を現わしたのは、八州の手に追われたからで、上州から信州へ逃げ、その信州の追分で、甚三殺しと関係《かかりあ》い、その後ずっと甲州へ隠れ、さらに急流富士川を下り、東海道へ出現し、江戸は将軍お膝元で、かえって燈台|下《もと》暗しというので、大胆にも忍んで来たのであった。千葉道場へやって来たのも、深い魂胆があったからではなく、自分の我無沙羅《がむしゃら》な「待ったなし流」を、見て貰いたいがためであった。
「千葉道場におりさえしたら、八州といえども手を出すまい。忠次ここで遊んで行け」
千葉周作はこういって勧めた。
「へい、有難
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