が浮き出ていた。女は床の上に仆れていた。そうして荒縄で縛られていた。口には猿轡《さるぐつわ》が嵌められていた。それは妖艶たる若い女で、他ならぬ九郎右衛門の娘であった。
造酒は意外に驚きながらも、女の側へ走り寄り、縄を解き猿轡《さるぐつわ》を外した。するとお艶は飛び上がったが、扉の側へ飛んで行き、ガッチリ内側から鍵を掛けた。
「態《ざま》ア見やがれ丑松め!」あたかも凱歌《がいか》でも上げるように、男のような鋭い声で、こう彼女は叫んだが、そこで初めて造酒を眺め、気高い態度で一礼した。
「お娘《むすめ》ご、お怪我はなかったかな?」
造酒はその美に打たれながら、こういう場合の紋切り型、女の安否を気遣った。
「あぶないところでございました。でも幸い何事も。……あれは丑松と申しまして、父の家来なのでございます。ずっと前から横恋慕をし、今日のような大事の瀬戸際《せとぎわ》に、こんな所へおびき出し、はずかしめようとしたのでございます。……失礼ながらあなた様は?」お艶は気が付いてこう訊いた。造酒はそれには返辞をせず、
「お見受けすればあなたには、どうやらこの家のお身内らしいが、しかとさようでござるかな?」
「ハイ、さようでございます。別荘の主人九郎右衛門の娘、艶と申す者でございます」「有難い!」と叫ぶと平手造酒はツカツカ二、三歩近寄ったが、「しからばお訊きしたい一義がござる。江戸の能役者観世銀之丞、当家に幽囚されおる筈、どこにいるかお明かしください!」勢い込んで詰め寄せた。
と、お艶の眼の中へ、活々《いきいき》した光が宿ったが、
「仰せ通り銀之丞様は、当家においででございます」「おお、そうなくてはならぬ筈だ。で、今はどこにいるな? おおよそのところは解っている。地下にいるだろう、数十尺の地下に!」「ハイ」といったがニッコリと笑い、「ああそれではあなた様は、鞘に封じたあの方の文を、お拾いなされたのでございますね。それでここへあの方を、助けにおいでなされたので。……そうですあれは十日ほど前に、空洞内の土牢から、海へ投げたものでございます」「空洞内の土牢だと※[#感嘆符疑問符、1−8−78] これ、なんのためにそんな所へ、あの観世を入れたのだ! お前では解らぬ主人を出せ! なんとかいったな九郎右衛門か、その九郎右衛門をここへ出せ!」造酒は威猛高《いたけだか》に怒号した。しかしお艶は恐れようともせず、水のように冷然と立っていた。
その後の観世銀之丞
「父はこの世にはおりません」やがてお艶が咽ぶようにいった。「父さえ活きておりましたら。……中風で斃れたのでございます。……つづいて母が死にました。そうしてそれ前に可愛い弟の六蔵が死んでしまいました。心臓で死んだのでございます。そうして母の死んだのは、悲しみ死になのでございます。……名に謳《うた》われた赤格子も、妾《わたし》一人を後に残し、死に絶えてしまったのでございます。永い年月苦心に苦心し、ようやく出来あがった黒船へも、乗ることが出来ずに死にましたので。……それはそうとあなた様は、平手造酒さまでございましょうね?」
図星を指されて平手造酒は、思わず大きく眼を見開いた。
「お驚きになるには及びません」お艶は微笑を含んだが、「観世さまからこの日頃、お噂を承まわっておりました。それとそっくりでございます。それに鞘文《さやぶみ》をご覧になり、この『主知らずの別荘』へ、すぐに踏み込み遊ばすような、そういう勇気のあるお方は、平手様以外にはございません。……それはとにかく観世さまは、只今はご無事でございます。そうして現在は黒船の上に、妾達一統の頭領として、君臨しておられるのでございます。……いえいえ嘘ではございません。どうぞお聞きくださいまし。みんなお話し致しましょう。でも時間がございません。出帆しなければなりませんので。妾の行衛《ゆくえ》が知れないので、騒いでいることでございましょう。……それではほんの簡単に、申し上げることに致しましょう。……今年の秋の初め頃、妾達はこの地へ参りました。妾達の本当の国土といえば、南洋なのでございます。そうして妾はその南洋で成長したものでございます。ボルネオ、パプア、フィリッピン諸島に、とりまかれているセレベス海に、妾達の国土はございますので。どうして日本に参りましたかというに、父の財産がそっくりそのまま日本に残してございましたからで。それを南洋へ移したいために、やって参ったのでございます。……この地へ参ったその日のうちに、妾はあの観世様を愛するようになりました。どうぞおさげすみくださいますな。妾のような異国育ちのものは、愛とか恋とかいうようなことを、憚からず申すものでございますから。……するとある晩観世様が、別荘へ迷って参られました。そうして父と逢いました。そうし
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