淡に「よかろう、一発ドンとやれ」
ピッタリ短銃の筒口が、銀之丞の胸へ向けられた。絶息しそうな沈黙が、分を刻み秒を刻んだ。
助太刀をしてくださるまいか
と、ピストルがソロソロと、下へ下へと下ろされた。
「そんな筈はない。能役者ではあるまい」
「何故な?」と銀之丞は平然ときいた。
「素晴らしい度胸だ。能役者ではあるまい」
「嘘はいわぬ。能役者だ」
「そうか」
と九郎右衛門は考えながら、
「無論剣道は学んだろうな?」
「うん、いささか、千葉道場でな」
「ははあ、千葉家で、それで解った」
九郎右衛門は眼をとじた。どうやら考えに耽るらしい。と、パッと眼を開けると、にわかに言葉を慇懃《いんぎん》にしたが、
「いかがでござろう今夜のこと、他言ご無用に願いたいが」
そこで銀之丞も言葉を改め、
「そこもと、それが希望なら……」
「希望でござる、是非願いたい」
「よろしゅうござる。申しますまい」
二人はまたも沈黙した。
「さて、改めてお願いがござる」一句一句噛みしめるように、九郎右衛門はいい出した。「何んとお聞き済みくださるまいか」
「お話の筋によりましては。……」
「いかさまこれはごもっとも」
九郎右衛門はまた眼をとじ、じっと思案に耽ったが、
「私、昔は悪人でござった。しかし今は善人でござる。……とこう申したばかりでは、あるいはご信用くださるまいが、今後ご交際くださらば、自然お解りにもなりましょう。ところが先刻不用意の間にうっかりお耳に入れました通り、私には敵がござる」
「どうやらそんなご様子でござるな」
「それがなかなか強敵でござる」
「それに人数も多いようでござるな」
「しかし恐ろしいはただ一人、金子市之丞と申しましてな、非常な小太刀の名人でござる」
「ふうむ、なるほど、さようでござるかな」
「それが徒党を引率して、最近襲撃して参る筈、ナニ私が壮健なら、ビクともすることではござらぬが、何を申すにも不具の躰、実は閉口しておるのでござる。そのため使者《つかい》を遣《つか》わして、今晩参って話し合うよう、その市之丞まで申し入れましたところ、その者は来ずに代りとして、あなたがお見えになられたような次第、もうこうなっては平和の間に折り合うことは不可能でござる。是が非でも戦わねばならぬ。ところで味方はおおかた召使い、太刀取る術さえ知らぬ手合い、戦えばわれらの敗けでござる。お願いと申すはここのこと、何んと助太刀してくださるまいか。侠気あるご仁と見受けましたれば、折り入ってお願い致すのでござる」
「ははあ、なるほど、よくわかってござる」
銀之丞は腕をくんだ。「さてこれはどうしたものだ。自分は能役者で剣客ではない。それに当分剣の方は、封じることにきめている。それに見たところこの老人、善人とはいうがアテにはならぬ。その上相手の市之丞というは、小太刀の名人だということである。うかうか助太刀して切られでもしたら、莫迦《ばか》を見る上に外聞も悪い。これは一層断わった方がいいな。……だが両刀を手挾《たばさ》む身分だ、見込んで頼むといわれては、どうも没義道《もぎどう》に突っ放すことは出来ぬ。どうもこれは困ったぞ。……いや待てよ、この老人には、美しい娘があった筈だ。こんなことから親しくなり、恋でもうまく醸《かも》されようものなら、こいつとんだ儲けものだ。といって誘惑するのではないが、だが美人と話すのは、決して悪いものではない。第一生活に退屈しない。よしきた、一番ひき受けてやれ」
そこで彼は元気よくいった。
「よろしゅうござる、助太刀しましょう」
厳重を極めた邸の様子
「もうこうなりゃア謡なんか、どうなろうとままのかわ[#「ままのかわ」に傍点]だ。面白いのは恋愛だ! 恋よ恋よ何んて素敵だ!」
これが銀之丞の心境であった。
つまり彼は九郎右衛門の娘、お艶《つや》というのと恋仲になり、楽しい身の上となったのであった。
だがしかし恋の描写は、もう少し後に譲ることにしよう。
助太刀の依頼に応じてからの、観世銀之丞というものは、九郎右衛門の別荘へ、夜昼となく詰めかけた。
彼の眼に映った別荘は、まことに奇妙なものであった。まずその構造からいう時はきわめて斬新奇異なもので、宅地の真ん中と思われる辺に、平屋造りの建物があった。一番広大な建物で、城でいうと本丸であった。ここには九郎右衛門の肉親と、その護衛者とが住んでいた。その建物の真ん中に、一つの大きな部屋があった。九郎右衛門の居間であった。あらゆる珍奇な器具類が、隙間もなく飾ってあった。すなわち過ぐる夜偶然のことから、銀之丞がこの家を訪れた時、呼び込まれたところの部屋であった。その部屋は四方厚い壁で、襖や障子は一本もなく、壁の四隅に扉を持った、四つの出入り口が出来ていた。そうして四つの
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