流儀から外れていた。むりに名付けると秋山流であった。「飛込《とびこみ》一刀」といわれたところの、玄妙な一手を工夫して、ほとんどこればかり用いていた。遠く離れてじっと構え、飛び込んで行ってただ一刀! それだけでカタをつけるのであった。あんまり諸方で敬遠されるので、彼もいいかげん閉口してしまった。そこで博徒を訪問しては、そいつらに武芸を教えることにした。大前田英五郎、国定忠治、小金井小次郎、笹川繁蔵、飯岡助五郎、赤尾林蔵、関八州の博徒手合いで、彼に恩顧を蒙《こうむ》らないものは、一人もないといってもよい。ある時は高級用心棒として、賭場を守ったこともあり、またある時はなぐりこみへ出張り、直々武勇を現わしたこともあった。ただしなぐりこみへ出た時は、剣を用いなかったという事であった。
さて秋山要介は、そういう人物であったので、取り立てた弟子も多くなかったが、しかし一面関東の侠客は、全部弟子だということが出来た。その間特に可愛がった弟子に金子市之丞という若者があった。下総国|葛飾郡《かつしかごおり》流山在の郷士の伜で、父藤九郎は快男子、赤格子九郎右衛門と義兄弟を結び、密貿易を企てたが、その後ゆえあって足を洗い、酒造業をいとなんだところ、士族の商法で失敗した。そこで昔の縁故を手頼《たよ》り、度々九郎右衛門へ無心をしたが、そのうち行方が知れなくなった。そこで市之丞は前後の関係から、九郎右衛門が無心を恐れ、父をあやめたに相違ないと、かたく心に信ずるようになった。そうして復讐をしたいというので、秋山要介に従って、武術の修業をするようになった。ところで彼も父に似て、海を愛したところから、いつか森田屋と義を結び、海賊の仲間にはいってしまった。
そこへ赤格子が帰って来た。そこで一方森田屋を説き、ふたたび海へひっぱり出し、一方諸国漫遊中の、秋山要介へ使いを出し、助太刀を依頼したのであった。そういう間にも赤格子の屋敷へ、威嚇の手紙を投げ込んだり、あるだけの財産を引き渡せという、不可能の難題を持ちかけたりまたは不時に上陸し、鬨《とき》の声をあげておびやかしたり、さらにある時は使者をもって、無理に会見を申し込みながら、先方が承知して待ち構えているのに、わざと行かずにじらしたりして、敵をして奔命《ほんめい》に疲労《つか》れさせようとした。そうしていよいよ今日となり、師匠秋山も来たところから、一旦根
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