やまれあやまれ、大馬鹿野郎!」森田屋清蔵は手下の者どもを、睨み廻しながら怒鳴りつけた。
「ワーッ、こいつあやりきれねえ。強いと思ったが強い筈だ。だが、お頭は水臭いや。掛かれといったから掛かったんで。ぶん撲られたそのあげく、あやまるなんてコケな話だ」
「みんな手前《てめえ》達がトンマだからさ。文句をいわずとあやまれあやまれ」――で、賊どもがあやまるという、滑稽な幕がひらかれた。

 森田屋清蔵の海賊船は梵字丸《ぼんじまる》と呼ばれていた。その梵字丸の胴の間に、苦笑いをして坐っているのは、他でもない平八で、それと向かい合って坐っているのは、すなわち森田屋清蔵であった。四十五、六の立派な仁態《じんてい》、デップリと肥えた赧ら顔、しかもみなりは縞物ずくめで、どこから見ても海賊とは見えず、まずは大商店《おおどこ》の旦那である。側《そば》に大刀をひきつけてはいるが、それさえ一向そぐわない。
 掠奪を終えた梵字丸は、しんしんと駛《はし》っているらしい。轟々という浪の音、キ――キ――という帆鳴りの音、板と板とがぶつかり合う、軋り音さえ聞こえて来た。
「旦那がおいでと知っていたら、けっして掛かるんじゃなかったのに、とんだドジをふみやした。どうぞマアごかんべんを願います」森田屋清蔵は手を揉んだが、「それに致してもそのおみなりで、どちらへお出かけでございましたな。」
「うん、これか」といいながら、平八は自分を見廻したが「どうだ森田屋、似合うかな」「そっくり棟梁でございますよ」「アッハハハ、それは有難い。実はな、森田屋、この風で、海賊を釣ろうとしたやつさ」意味ありそうにきっといった。
「ええ、海賊でございますって? おお、それじゃわっちたちを?」さすがにその眼がギラリと光った。
「うん、まずそうだ。そうともいえる。がまたそうでないともいえる」謎めいたことをいいながら、一膝グイと進めたが、「森田屋、正直に話してくれ。船を造っちゃいないかな?」「ええ、船でございますって?」森田屋はあっけにとられたらしく「それはなんのことでございますな?」「ご禁制の船だよ。ご禁制のな」「へえ、それじゃ千石船でも?」「どうだ、造っちゃいないかな?」
「とんでもないことでございますよ」森田屋清蔵は否定した。
「ふうむ、そうか、造っちゃいないのだな。……いやそれを聞いて安心した。それじゃやっぱり他にあるのだ。……まる
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