ある。
「おい」と武士はまたいった。「変装をしてどこへ行くな? しかも大工のみなりをして。いやそれとてこのおれには、おおかた見当がついている。そこでお前へ訊くことがある、いま見せてやった図面の船、何石ぐらいかあたりがつくかな?」
「へえ」といったが平八には、その見当がつかなかった。それに度胆を抜かれていた。で、眼ばかりパチクリさせた。
「解らないかな」と冷やかに笑い、フイと武士は立ち上がったが、「お前の目的とおれの目的と、どうやら同じように思われる。……それはとにかくこの船はな、二千石船だよ! ご禁制の船だ!」いいすてると武士は大跨に歩き、胴の間の方へ下りていった。
後を見送った平八が、心の中で、「あっ」と叫んだのは、まさに当然というべきであろう。彼はウーンと唸り出してしまった。「武術が出来て手相が出来、そうしてご禁制の大船の図面を、二葉までも持っている。……みなりは随分粗末ながら、高朗としたその風采、一体全体何者だろう?」
しかし間もなく武士の素性は、意外な出来事から露見された。
それは上総の御宿の沖まで、船が進んで来た時であったが、忽ち海賊におそわれた。その時はもう夕ぐれで、浪も高く風も強く、そうしてあたりは薄暗かったが、忽然一せきの帆船が行く手の海上へあらわれた。べつに変ったところもない、普通の親船にすぎなかったが、しずかにしずかに八幡丸を、あっぱくするように近寄ってきた。ちょうどこの時平八は、船のへさきに胡坐《あぐら》をかき、海の景色をながめていたが、その鋭い探偵眼で、賊船であることを見てとった。
「ははあ、いよいよおいでなすったな」
ニヤリとほくそ笑んだものである。
正直のところ平八は、海賊を待っていたのであった。そうして彼は十中八九、現われてくるものと察していた。というのは八幡丸は、船脚が遅くかこ[#「かこ」に傍点]が少なく、しかも船としては老齢なのに、某《なにがし》大名から領地へ送る、莫大《ばくだい》もない黄金を、無造作《むぞうさ》に積みこんでいるからで、こういう船を襲わなかったら、それこそ海賊としては新米であった。
武士の剣技精妙を極む
八幡丸のかこ[#「かこ」に傍点]どもが、海賊来襲に気がついたのは、それから間もなくのことであったが、しかしその時は遅かった。賊船から下ろされた軽舟が、すでに周囲《まわり》をとりまいていた。と、
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