って即座にいった。己が姿を船大工にやつし、敵地へ乗り込もうというのであるから、忙しいうちにも平八は、一通り船のことは調べて置いた。
「それならここだ、ここは何というな?」「へい、赤間梁《あわち》と申しやす」「うん、よろしい、ではここは?」「三|間梁《のま》でございますよ」「感心感心よく知っている。ではここは? さあいえさあいえ」「下閂《したかんぬき》でございまさあ」「ほほう、いよいよ感心だな。ここはなんという? え、ここは?」
「なんでもないこと、小間《こま》の牛で」「いかにもそうだ、さあここは?」「へい、横山梁《よこやま》にございます」「うん、そうだ、さあここは?」「ヘッヘッヘッヘッ、蹴転《けころ》でさあ」「ではここは? さあわかるまい?」「胴《どいがえ》じゃございませんか。それからこいつが轆轤座《ろくろざ》、切梁《きりはり》、ええと、こいつが甲板の丑《しん》、こいつが雇《やとい》でこいつが床梁《とこ》、それからこいつが笠木《かさぎ》、結び、以上は横材でございます」
 ポンポンポンといい上げてしまった。
「ふうむ、感心、よく知っている。さては多少しらべて来たな。……よし今度は細工で行こう。……縦縁《たてべり》固着はどうするな?」
「まず鉋《かんな》で削りやす。それからピッタリ食っつけ合わせ、その間へ鋸《のこぎり》を入れ、引き合わせをしたその後で、充分に釘を打ち込みやす。漏水のおそれはございませんな」
「上棚中棚の固着法は?」
「用いる釘は通り釘、接合の内側へ漆《うるし》を塗る。こんなものでようがしょう」
「釘の種類は? さあどうだ?」
「敲《たた》き釘に打ち込み釘、木釘に竹の釘に螺旋《らせん》釘、ざっとこんなものでございます」
「螺旋釘の別名は?」
「捩《ね》じ込み釘に捩じ止め釘」
「船首《とも》の材には何を使うな?」
「第一等が槻材《けやきざい》」
「それから何だな? 何を使うな?」
「つづいてよいのは檜材《ひのきざい》、それから松を使います」
「よし」というと侍は、またも懐中へ手を入れたが、取り出したのは精妙を極めた、同じ船体の縦断面であった。
「さあここだ、なんというな?」
 航《かわら》と呼ばれる敷木《しき》の上へ、ピッタリ指先を押しあてた。
「なんでもないこと、それは航で」「いかにも航だ。ではここは?」「へい、弦《つる》でございます。そうしてその下が中入
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