致しておる」
「御意《ぎょい》の通りにございます」
「で、水夫《かこ》どもは今おるかな?」
「二、三人おりますでござります」
「ちょっと訊きたいことがある。多人数はいらぬ、一人出すよう」
「かしこまりましてござります」
 やがてそこへ現われたのは、八助という水夫《かこ》であった。
「八助というか、恐れなくともよい。遭難の様子を話してくれ。……で、賊船は幾隻あったな?」
 八助はオドオド顫えながら、
「へえ、親船が一隻で」
「櫓《やぐら》の格子は赤かったかな?」
「いえ、黒塗りでございました」
「ナニ、黒塗り? ふうむ、そうか」平八は小首を傾げたが、「無論、帆船であったろうな?」
「へえ、さようでございます」
「異《かわ》ったところはなかったかな?」
「へ? なんでございますか?」
「帆の形だ。帆の形だよ」
「へえ、べつに、これといって……」
「普通の型の帆船であったか?」
「へえ、さようでございます」
「ふうむ、そうか。……ちょっと変だな」
 考えざるを得なかった。
「で、大砲でも打ちかけたか?」
「なかなかもって、そんなこと」
「大砲二門、備えている筈だ。そんなものは見かけなかったかな?」
「なんであなた、大砲など……」
「ふうむ、そうか、これもいけない」
 平八はまたも考え込んだ。
「で、どうだな、海賊どもは、穏《おとな》しかったかな、乱暴だったかな?」
「仲間が五人殺されました」
「いずれ抵抗したのだろうな?」
「敵は大勢、味方は小人数、争ったところで追っ付きません」
「……これもいけない」
 と平八は、呟《つぶや》かざるを得なかった。
 加賀屋を出るとその足で、尚二、三軒廻船問屋を、郡上平八は訪問した。いずれも諸方の近海で、海賊に襲われた手合いであった。しかるに答えはどれも同じで、櫓格子《やぐらごうし》は黒塗りであり、帆の形も尋常であり、大砲などは備えていず、海賊どもは乱暴で、武士的などとはいわれない。――と、こういう返辞であった。
「解った」
 と平八は自分へいった。「この海賊は赤格子ではない。手口を見れば明らかだ。他の奴らに相違ない。……さて、では肝腎の赤格子は、いったいどこにいるのだろう?」
 かえって見当がつかなくなった。
「それはとにかく、腹が減った。きょうは少々動き過ぎたからな」
 で、平八は駕籠を返し、手近の縄暖簾《なわのれん》へ飛び込んだ。

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