帆の形たるや、四角もあれば三角もあり、大きなのもあれば小さなのもあった」
「ははあ、さようでございますか」
「日本の型ではないのだそうだ。南蛮の型だということだ」
「それは、さようでございましょうとも」
「で、船脚《ふなあし》が恐ろしく速く、風がなくても駛《はし》ることが出来た。ヨット型とか申したよ」
「ははあ、ヨット型でございますな」
平八は手帳へ書きつけた。
「それから」と将監はいいつづけた。
「櫓《やぐら》の格子が朱塗りであったな。それが赤格子の異名ある由縁だ」
「ははあ、さようでございますか」平八は手帳へ書きつけた。
「ええと、それから大砲が二門、船首《へさき》と船尾《とも》とに備えつけてあった。それも尋常な大砲ではない。そうだ、やっぱり南蛮式であった」
「南蛮式の大砲二門」
平八はまたも書きつけた。
「まず大体そんなものだ」
「よく解りましてございます。……ええと、ところで、もう一つ、その赤格子の襲撃振りは、いかがなものでございましたかな?」
「襲撃ぶりか、武士的であったよ」
「は? 武士的と申しますと?」
「決して婦女子は殺さなかった。そうして敵対をしない限りは、男子といえども殺さなかった」
町奉行所の与力たち
「それは感心でございますな」
こういいながら平八は、またも手帳へ書きつけた。
「つまり彼は威嚇をもって、相手を慴伏《しょうふく》させたのだ」将監は先へ語りつづけた。「こいつと目差した船があると、まずその進路を要扼《ようやく》し、ドンと大砲をぶっ放すのだ。だがそいつは空砲だ。つまり停まれという信号なのだ。それで相手が停まればよし、もしそれでも停まらない時には、今度は実弾をぶっ放すのだ。が、それとてもあてはしない。相手の前路へ落とすのだ。これが頗《すこぶ》る有効で、大概の船は顫えあがり、そのまま停まったということだ。しかしそれでも強情に、道を転じて逃げようとでもすると、その時こそは用捨《ようしゃ》なく、三発目の大砲をぶっ放し、沈没させたということだ」
「一発は空砲、二発は実弾、ただしそのうち一発は、わざとあてずに前路へ落とす、つまりかようでございますな」
平八は四たび書きつけた。
「もはや充分でございます」
お礼をいって邸を出ると、平八はふたたび駕籠へ乗った。
「駕籠屋、急げ! 数寄屋町だ!」
「へい」
と駕籠屋は駈け出した。
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