。いうことがある」
元の座敷へ戻って来た。
「さて甚内」と改まり、「思ったよりも立派な業だ。周作少なからず感心した。稽古して完成させるがいい。しかし小石では利き目が薄い、小石の代りに五寸釘を使え」
それから周作は説明した。
「というのは剣道の中に、知新流の手裏剣といって、一個独立した業がある。俺も多少は心得ている。それをお前に伝授するによって、お前の得手のツブテ術に加えて、発明研究するがいい。以前から俺はそれについて、一つの考えを持っていた。……武士は平常《へいぜい》護身用として、腰に両刀をたばさんでいる。で剣術さえ心得ていたら、まずもって体を守ることが出来る。しかるに町人百姓や、なおそれ以下の職人などになると、大小は愚か匕首《あいくち》一本、容易なことでは持つことがならぬ。これは随分危険な話だ。そこで俺は彼らのために、何か格好な護身具はないかと、内々研究をした結果、見つけ出したのが五寸釘だ。ただし普通の五寸釘では、目方が軽くて投げにくい。そこで特別にあつらえてみた」
こういいながら周作は、手文庫から釘を取り出した。
「見るがいいこの釘を。先が細く頭部が太く、そうして全体が肉太だ。ちょっと持っても持ち重りがする。しかし形や寸法は、何ら五寸釘と異《かわ》りがない。で幾十本持っていようと、官に咎められる気遣いはない。これ北辰一刀流手裏剣用の五寸釘だ」
急拵えの大道芸人
周作は優しく微笑した。
「どうだ甚内、この五寸釘を、練磨体得する所存はないか」
「なんのないことがございましょう。習いたいものでございます」勇気を含んで甚内はいった。
「おお習うか、それは結構。この一流に秀でさえしたら、敵《かたき》に逢ってもおくれは取るまい。なまじ剣術など習うより、これに専念をした方がいい」「そういうことに致します」「実はな、俺は案じていたのだ。剣術槍術弓薙刀、一流に達していたところで、一撃で相手を斃すことは出来ない。例えば鎌倉権五郎だ、十三|束《ぞく》三|伏《ぶせ》の矢を、三人張りで射出され、それで片目射潰されても、なお堂々と敵を斬り、生命には何んの別状もなかった。剣豪塚原卜伝でさえ、一刀では相手を殺し兼ねたという。まして獲物が五寸釘とあっては、機先を制して投げつけて、精々《せいぜい》相手を追い散らすぐらいが、関の山であろうと思っていた。ところがお前の精鋭極まる、ツ
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