れが叱られる」
「よかろう。勝手に叱られるさ」
「おれが困るよ。だから頼む。……第一声が透《とお》り過ぎらあ。洞間声《どうまごえ》[#「洞間声」はママ]っていう奴だからな」
「洞間声[#「洞間声」はママ]だって? こいつは助からぬ。アッハッハッハッ、いや面白い」
「面白くはねえよ。面白いものか。叱られて何んの面白いものか」
「よっぽど解らずやの旦那だな」
「フン、何んとでもいうがいいや」
「いったい誰だ? お前の旦那は?」
「お金持ちだよ。大金持ちだ」
「金があっても趣味がなければ、馬や牛と大差ないな」

    厳重を極めた別荘普請

「だがお前の主人というのは、いったいどこに住んでるのか?」
「お前さんそいつを知らねえのか」
「知らないとも、知る訳がない」
「だが、やしきは知ってる筈だ」
「お前の主人のやしきをな?」
「うんそうさ、有名だからな」
「いいや、おれはちっとも知らない」
「そんな筈はねえ、きっと知ってる」
「おかしいな。おれは知らないよ」
「獅子ヶ岩から半町北だ」
「獅子ヶ岩から半町北と?」
「近来《ちかごろ》普請に取りかかったやしきだ」
「や、それじゃ『主《ぬし》知らずの別荘』か?」
「そうれ、ちゃアんと知ってるでねえか」
「その別荘なら知ってるとも」
「それがおれの主人の巣だ」
「ふうん、そうか。やっと解った」
「随分有名な邸《やしき》だろうが?」
「銚子中で評判の邸だ」
「それがおれの主人の邸だ」
「そこでお前にきくことがある。何んと思ってあんな普請をした?」
「あんな普請とはどんな普請だ?」
「まるで砦《とりで》の構えではないか」
「…………」
「厚い石垣、高い土塀、たとえ大砲を打ちかけても、壊れそうもない厳重な門、海水をたたえた深い堀、上げ下げ自由な鉄の釣り橋、え、オイまるで砦じゃないか」
「おれの知ったことじゃねえ」
「で、主人はいつ来たのだ?」
「うん、主人はずっと以前《まえ》からよ……そうさ今から二月ほど前から、こっそりあそこへ来ているんだ」
「ほほう、そうか、それは知らなかった」
「ところが他のご家族達も、二、三日中には越して来るのだ」
「それで家族は多いのか?」
「うん、奥様とお嬢様と、坊様と召使い達だ」
「では『主知らずの別荘』が、いよいよ主を迎えた訳だな」
「そうかもしれねえ。うん、そうだ」
「ところで主人の身分は何んだ?」

前へ 次へ
全162ページ中69ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング