く思われるな。それはそうとさて忠次、よい構えを見つけたな」
「へい、これは恐れ入ります。ほんの自己流でございまして、お恥ずかしく存じます」
「剣の終局は自己流にある。一派を編み出し一流を開く、すべて自己の発揮だからな。いつその構えは発明したな?」
「島の伊三郎を討ち取りました時から、自得致しましてございます」
「しかし忠次その構えでは、お前も随分切られた筈だが?」
「仰せの通りでございます」こういうと忠次は右腕を捲った。五、六ヵ所の切傷《きず》があった。「かような有様でございます」それから彼は左腕を捲った。七、八ヵ所の切傷《きず》があった。「この通りでございます」それから彼はスッポリと、両方の肌を押し脱いだ。胸にも肩にも左右の胴にも、ほとんど無数の太刀傷があった。「ご覧の如くでございます」それから彼は肌を入れた。
「ううむなるほど、見事なものだな」周作は感心してうなずいた。
「へい、わっちが待ったなし流で、じっと構えておりますと、相手の野郎はいい気になって、ちょくちょく切り込んで参ります。それをわっちは平気の平左で、切らして置くのでございますな。ビクビクもので切って来る太刀が、何んできまることがございましょう。皮を切るか肉にさわるか、とても骨までは達しません。そこがつけ目でございます。そうやって充分引きつけて置いて、いよいよ気合いが充ちた時、それこそ待ったなしでございますな、一撃にぶっ潰すのでございます」忠次はここでニヤリとした。
「お前と立ち合った人間の中、これは恐ろしいと思った者が、一人ぐらいはあったかな?」「へい、一人ございました」「おおそうか、それは誰だな?」「そこにいらっしゃる平手様で」「ナニ平手? ふうん、そうか」「何んと申したらよろしいやら、細い鋭い針のようなものが、遠い所に立っている。とてもそこまでは手が届かない。こんな塩梅《あんばい》に思われました。技芸《わざ》の恐ろしさをその時初めて、感じましてございますよ」「しかし試合はお前の勝ちだ」「それはさようかも知れませぬ。わっちの構えは技芸だけでは、破られるものではございません」
すると周作は莞爾《にっこり》としたが、「ではなぜおれに破られたな?」
すると忠次はいずまいを正し、「へい、それは先生には、人間でないからでございますよ」「人間でない? それでは何か?」
「剣《つるぎ》のひじりでございます。
前へ
次へ
全162ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング