る。
「人間の歯ではござらぬかな?」
「さよう、人間の歯でござる」
 この時、気絶から甦《よみがえ》ったと見え、若者はにわかに動き出した。まず真っ先に眼をあけて四方《あたり》を不思議そうに見廻したが、
「ああ恐ろしい夢を見た」
 こう云うとムックリ起き上がった。それから弓之進をじっと[#「じっと」に傍点]見た。その逞《たくま》しい顔の面《おもて》へ歓喜の情があらわれたと思うと突然若者は両手を延ばし、
「お父様!」
 と呼んだものである。それからまたも気を失い、熊の死骸へ倚《よ》りかかった。
 この時、忽然《こつぜん》弓之進は、以前《まえかた》死んだ葉之助が、「代りが来るのだ! 代りが来るのだ! 次に来る者はさらに偉い!」と末期《いまわ》に臨んで叫んだことを偶然《ゆくりなく》も思い出した。
「うむ、そうか! こいつだな!」
 ……ポンと膝を叩いたものである。

 翌年の秋、鏡家へ飯田の城下から養子が来た。
 堀|石見守《いわみのかみ》の剣道指南南条右近の三男で同苗《どうみょう》右三郎《うさぶろう》というのであったが、鏡家へ入ると家憲に従い葉之助と名を改めた。

         三


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