ている」
「以前にも一度ありました」
「こいつの所業に相違ない」
「莫迦《ばか》な奴だ、眠っております」
「いったいこいつ何者であろう?」
そこで町人は覗き込んだ。
「おっ、これは葉之助殿だ!」
「何、葉之助? 鏡葉之助か?」
「はい、帯刀様、さようでございます」
「そうか」
と武士は腕を組んだ。
「鏡葉之助とあってみれば斬ってすてることも出来ないな」
「とんでもないことで。それは出来ません」
「と云って捨てては置かれない」
「私に妙案がございます」
町人は武士の耳の辺で、何かヒソヒソと囁《ささや》いた。
「うむ、こいつは妙案だ」
「では」と云うと町人は、懐中《ふところ》へスッと手を入れた。取り出したのは白布であった。それを葉之助の顔へ掛けた。
しばらく二人は見詰めていた。
「もうよろしゅうございましょう」
町人はこう云うと白布を取った。それから葉之助を抱き上げた。葉之助は死んだように他愛がなかった。
武士が葉之助の頭を抱え、町人が葉之助の足を持った。
森帯刀の屋敷の方へ、二人はソロソロと歩いて行った。上野の山に遮《さえぎ》られて、火事の光も見えなかった。根岸一帯は寝静ま
前へ
次へ
全368ページ中337ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング