ない。きっと駈け違って逢わなかったのだろう。
 天野北山はこう思った。
「葉之助殿お帰りになったら、俺《わし》が来たとお伝えくだされ。改めて明朝お訪ね致す」
「大火の様子、ご注意なされ」
 で北山は往来へ出た。
 そうして新しく駕籠を雇い、神田の旅籠屋《はたごや》へ引っ返した。
 葉之助は草の上に眠りこけていた。決して不覚とせめる[#「せめる」に傍点]ことは出来ない、彼は実際一晩のうちに、余りに体を使い過ぎた。これが尋常の人間なら、とうに死んでいただろう。
 だが眠ったということは、彼にとっては不幸であった。
 黒々と空に聳えている森帯刀家の裏門が、この時音もなくスーと開いた。
 忍び出た二つの人影があった。一人は立派な侍で、一人はどうやら町人らしかった。
 地上に引かれた筋に添い、葉之助の方へ近寄って来た。
 間もなく葉之助の側まで来た。
 二人は暗中《あんちゅう》で顔を見合わせた。
「紋兵衛、これで秘密が解った」こう云ったのは武士であった。「ここに眠っているこの侍が、俺《わし》達の計画の邪魔をしたのだ」
「はい、どうやらそんな[#「そんな」に傍点]ようで」
「ここで白粉が蹴散らされ
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