警戒した。
ちょうどその日も非番だったので、彼はブラリと家を出ると、根岸を差して歩いて行った。下屋敷まで来て見たが別に変ったこともない。で、その足で浅草へ廻った。
いつも賑やかな浅草は、その日も素晴らしい賑《にぎ》わいで、奥山のあたりは肩摩轂撃《けんまこくげき》、歩きにくいほどであった。
小芝居、手品、見世物、軽業《かるわざ》、――興行物の掛け小屋からは、陽気な鳴り物の音が聞こえ、喝采《かっさい》をする見物人の、拍手の音なども聞こえて来た。
「悪くないな。陽気だな」
など、彼は呟きながら、人波を分けて歩いて行った。
と、一つの掛け小屋が、彼の好奇心を刺戟《しげき》した。「八ヶ嶽の山男」こう看板にあったからで、八ヶ嶽という三文字が、懐しく思われてならなかった。
で彼は木戸を払いつと[#「つと」に傍点]内へはいって行った。大して人気もないと見えて、見物の数は少かった。ちょうど折悪く幕間《まくあい》で、舞台には幕が下ろされていた。で彼は所在なさに見物人達の噂話に、漫然と耳を傾けた。
「……で、なんだ、山男と云っても、妖怪変化じゃないんだな」職人と見えて威勢のいいのが、こう仲間の一
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