泣き喋舌《しゃべ》っているのであった。
「あの人|憤《おこ》って行ってしまったわ。どうしよう、どうしよう、どうしよう! よくまだ妾《わたし》が云わないうちにあの人憤って行ってしまったんだもの。そりゃ妾だって悪かったけれどあの人だってあんまりだわ。……でも妾ほんとにあんな事を何故あの人に云ったんだろう。――妾が都会《みやこ》へ行って見たいと云ったら、あの人にわかに妙な顔をして『何故行きたい』って訊《き》くものだから、『妾もうこんな山の上の部落なんかには飽き飽きした』って、ついうっかり云ってしまうと、あの人恐ろしい顔をして、『山吹、お前は、山の中に住むこの俺の顔にも飽きたろうな。弁解《いいわけ》したって通らねえよ。聞けば高島の城下(今の上諏訪町)から、多四郎とかいう生《なま》っ白《ちろ》い男が、お前を張りに来るそうだが、これ、気を付けねえといけねえぞ。かりにも窩人部落の女で、下界の人間と契《ちぎ》ったが最後天狗の宮の岩の上から深い谷底へ投げ下ろされ必ず生命《いのち》を失うのだからな』と声の調子まで恐ろしく変えて、こうあの人が云ったかと思うと自分の頭の毛を掻き※[#「てへん+毟」、第4水準2
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