聞こえて来た。
「お返しくだされお返しくだされ。宗介天狗の黄金の甲冑、どうぞお返しくださいませ」
「これはいったいどうしたことだ」葉之助は呟いた。「あれは妖怪の声だというに、俺には懐《なつか》しく思われてならぬ。懐しいといえば人面疽の顔さえ妙に懐しく思われる。……妖怪の声を聞いていると故郷《ふるさと》の人の話し声でも聞いているような気持ちがする。そうして、人面疽の女の顔は、母親の顔ででもあるかのように、慕《した》わしく恋しく思われる」
 葉之助は茫然《ぼうぜん》と坐ったままで動こうともしない。

         一五

 ここで物語は一変する。
 大正十三年の今日でも、甲信の人達は信じ切っているが、武田信玄の死骸《なきがら》は、楯無《たてな》しの鎧《よろい》に日の丸の旗、諏訪法性《すわほうしょう》の冑《かぶと》をもって、いとも厳重に装われ、厚い石の柩《ひつぎ》に入れられ、諏訪湖の底に埋められてあり、諏訪明神がその柩を加護しているということである。
 これはどうやら歴史上から見ても、真実《ほんと》のことのように思われる。その証拠には近古史談に次のような史詩が掲載されてある。
[#ここか
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