から彼女はそろそろと歩いて姫の寝間の前まで来た。
「可哀そうな久田姫や、お前の恋しがっているお父様は、もうこの世にはおいでなさらぬのだよ。お前はこれからは一生をちょうど陽蔭《ひかげ》の花のように寂《さび》しく咲かなければならないのだよ。おお可哀そうな久田姫や! そしてお前のお母様は……そしてお前のお母様は……」
そこに立ててある几帳《きちょう》の蔭へ彼女は静かにはいって行った。と、一瞬間「あっ」という声が几帳の蔭から聞こえて来たが、ただ一声聞こえただけで後は寂然《しん》と静かになった。
あわただしい足音を響かせて、島太夫が部屋へ飛び込んで来たのはそれから間もなくのことであった。
「お姫様《ひいさま》! 柵《しがらみ》様!」
と彼は四辺《あたり》を見廻したが、
「お、これは灯が消えている。それにお休みなされたらしい。……お姫様! お姫様! お起き遊ばさねばなりませぬ! 三点鐘が鳴りました!」
しかしどこからも返辞がない。几帳の蔭はひそやかである。
四
「寝息も聞こえぬとはどうしたことだ。よくよくご熟睡遊ばしたと見える。がどうしてもお起こし申さねばならぬ」彼は
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