彼の勇気は恢復《かいふく》した。
 彼は猛然と立ち上がった。
 それから彼は追っかけた。
 教主達の姿は見えなかった。どうやら廊下を曲がったらしい。葉之助と狼と土佐犬とは、廊下を真っ直ぐに走って行った。と、廊下は右へ曲がった。葉之助も右へ曲がった。彼らの姿は見えなかった。廊下をズンズン走って行った。すると廊下は突き当たった。頑固な石壁が立っていた。
「はてな?」
 と葉之助は途方に暮れた。
「行き止まりだ。途《みち》がない。あいつらはどこへ行ったのだろう?」
 突然一匹の土佐犬が、一声高く咆吼《ほうこう》した。壁に向かって飛び掛かった。
 果然壁に穴が開いた。
 そこに開き戸があったのであった。
 犬はヒラリと飛び込んだ。
 同時にギャッという悲鳴が聞こえた。
 首を切られた犬の死骸が、ピョンと廊下へ刎ね返って来た。
 向こう側に誰かいるらしい。待ち伏せをしているらしい。
 犬達は喧騒《けんそう》した。つづけて二、三匹飛び込もうとした。
「叱《しっ》!」
 と葉之助は手で止めた。
 犬の死骸を抱き上げた。それを戸口から投げ込んだ。つづいて自分も飛び込んだ。
 二人の武士が立っていた。
 颯《さっ》と二人切り込んで来た。チャリンと葉之助は両刀で受けた。一人の刀をポンと刎ね、もう一人の刀を巻き落とした。寄り身になって横へ払った。ワッと一人が悲鳴を上げた。刀を落とされた武士であった。額から鼻まで切り下げられていた。
 ドンと武士はぶっ[#「ぶっ」に傍点]仆れた。狼と犬とが群がりたかっ[#「たかっ」に傍点]た。見る間に寸々に引き裂いた。
「えい」と葉之助は声を掛けた。すぐワッという声がした。もう一人の武士が切り仆された。
 犬と狼とが引き裂いた。

         一九

 葉之助は部屋を見廻した。
 それはまさしく閨房《けいぼう》であった。垂《た》れ布《ぎぬ》で幾部屋かに仕切ってあった。どの部屋にも裸体像があった。いずれも男女の像であった。
 多くの男女の信者達は、この部屋でお恵みを受けたのだろう。
 あちこちに脱ぎ捨てた衣裳があった。
 信者達は裸体で逃げ出したと見える。
 部屋部屋には一個ずつ香炉《こうろ》があった。香炉から煙りが立っていた。催淫薬《さいいんやく》の匂いがした。
 反対の側に戸口があった。
 葉之助はそこから出た。
 長い一筋の廊下があった。
 
前へ 次へ
全184ページ中160ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング