人物ではない。しかし礼を厚うしてほとんど十回も招かれて見れば放抛《うっちゃ》って置くことも出来なかったので時々見舞ってやっていた。しかしもちろん急抱えの剣術使いや浪人とは違う。否だと思えばサッサと帰り、いけないと思えば投薬もしない。
「北山先生薬くだされ!」
「ならぬ!」
 と北山は抑《おさ》え付けた。

         一二

「あなたの病気は薬でも癒《なお》らぬ。懺悔《ざんげ》なされ懺悔なされ。そうしたらすぐにも癒るであろう」
「懺悔?」と紋兵衛は恐ろしそうに、「何もございません、何もございません! 懺悔することなどはございません!」
「嘘《うそ》を云わっしゃい!」
 と北山は嘲《あざけ》るようにたしなめた。「懺悔することのないものが何んでそのように神経を起こし、何んでそのように恐れるか。……そなた、無分別の若い頃に悪いことでもしはしないかな?」
 膝《ひざ》に突いていた黒塗りの扇《おうぎ》をパチリパチリとやりながら、北山はグングン突っ込んで訊く。
「いいえ、そんな事はございません。正直な人間でございます。人に恨まれる覚えもなく、人に憎まれる覚えもない正直な人間でございます」
「どうも私《わし》には受け取れない。どうでもあなたの心の中には不安なものがあるらしい。ひどく神経を痛めておる……で、私は改めて訊くが、貴公どこの産まれだな?」
「はい、江戸でございます」
「江戸はどこだな? どの辺だな?」北山は遠慮なく押し詰める。
「はい」と紋兵衛は狼狽しながら、「江戸は芝でございます」
「おおさようか、芝はどこだ?」
「はい、芝は錦糸堀で……」
「何を痴《たわ》けめ!」と北山はカラカラとばかり哄笑《こうしょう》した。
「芝にはそんな所はない、錦糸堀は本所《ほんじょ》だわえ!」
「おお、そうそうその本所で、私は産まれたのでございます」
「うん、そうか、では聞くが、錦糸堀は本所のどの辺にあるな?」
「はい、本所のとっつき[#「とっつき」に傍点]に」
「アッハハハハ、まるで反対だ。錦糸堀は本所の外《はず》れにある……貴公江戸は不案内であろう? ……云いたくなければ云わないでもよい。産まれ故郷の云えないような、そういう胡散《うさん》な人物には今後薬は盛らぬまでだ……ところでもう一つ訊きたいのは、十万に余る貴公の財産、いったい何をして儲《もう》けたのか?」
 北山はじっ[#「じ
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