儀は幾重にも辞退致さねばなりませぬが剣道は私も好むところ、且つは再三のお勧めもあり……」
「それではお立ち合いくださるか?」
「未熟の腕ではござりまするが……」
「それは千万|忝《かたじ》けない」
 してやったり[#「してやったり」に傍点]とニタリと笑い、「して打ち物は?」
「短い竹刀を……」
「しからばご随意にお選びくだされ」
 ワッと一同これを聞くと思わず声を上げたほどである。
 つと[#「つと」に傍点]立ち上がった葉之助はわずか一尺二寸ばかりの短い竹刀を手に握ると仕度《したく》もせず進み出た。
「あいや鏡氏、お仕度なされ」
 見兼ねたものかこの時初めて石渡三蔵が声を掛けた。
「私、これにて充分にござります」
「面も胴も必要がない?」
「一家中ではござりまするが流儀の相違がござります。他流試合真剣勝負、この意気をもって致します覚悟……」
「ははあさようかな。いやお立派じゃ……ええとしからば白井氏も、面胴取って立ち合いなされ」
「これはどうもめんどう[#「めんどう」に傍点]なことで」
 白井誠三郎不承不承に面や胴を脱いだものの、ここで三分の恐れを抱いた。
 居流れていた門弟衆も、これを聞くと眼を見合わせた。
「何んと思われるな佐伯氏? この試合どう見られるな?」「ひょっと[#「ひょっと」に傍点]するとアテが外れますぞ。相手の勢いがあまりに強い」「藪《やぶ》をつついて蛇を出したかな」
 葉之助贔屓の連中はこれに反して大喜びだ。
「見ておいでなされ白井誠三郎、一堪《ひとたま》りもなくやられますぜ」「全体あいつら生意気でござるよ。こっぴどい[#「こっぴどい」に傍点]目に合わされるがよい」
「静かに静かに、構えましたよ」
「どれどれ、なるほど、青眼ですな……おや白井め振り冠りましたな」
「葉之助殿の位取り、なかなか立派ではござらぬか。あれがヒラリと変化すると白井誠三郎|刎《は》ね飛ばされます」

         五

 今や葉之助は中段に付けて、相手の様子を窺《うかが》ったが問題にも何んにもなりはしない。で、葉之助は考えた。
「かまうものか、ひっぱたいて[#「ひっぱたいて」に傍点]やれ」
 トンと竹刀を八相に開く。誘いの隙でも何んでもない。まして本当の隙ではない。それにもかかわらず誠三郎は、「ヤッ」と一声打ち込んで来た。右へ開いて、入身《いりみ》になり右の肩を袈裟掛《け
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