老人の鼻の左の穴からピョイと何物か飛び出しました。草の上へちゃんと[#「ちゃんと」に傍点]坐わる、刺身の載せてある皿でした。すると今度は右の穴から燗徳利が飛び出して来ました。それから両方の鼻の穴から、猪口や箸や様々の物が次々に飛び出して来ましたが、突然カッと口を開くと其処から火を入れた角火鉢が灰も零れず出て来ました。
「何うだ?」と其時腹の中から先刻の声が聞えて来ました「もう大概是れでよかろう?」
「いや未々」
 と老人は腹中に向かって叫ぶのです。
「若い別嬪を出してくれ」
「なに別嬪? 贅沢を云うな。そこに美少年がいるじゃ無いか」腹中の声は笑っています。
「女気が無いと寂しくて不可《いかん》」
「よしよし夫れじゃ出してやろう」
 腹中の声が終えると同時に老人の口から十七ぐらいの一人の娘が出て来ましたが細《ほっそ》りとした色の白い髪毛の黒い美貌の娘で、四郎を見るとニッコリ笑い、其側へ行って坐わりました。
「並んだ並んだお雛さまが」
 老人は二人を眺め乍ら面白そうに手を拍ちましたが、猪口を掴むとつと[#「つと」に傍点]前へ出し、
「さあさあ酒を注いでくれ」
「はい」
 と娘は慣れた手つき
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