で徳利を取って酌をします。
「さあさあ娘、立って舞い」
「はい」と云って立ち上り娘は舞をまい出しました。
黄色い澄み切った早春の月。藪蔭で啼いている寝惚鳥。生温かい夜の風。月光を砕き風に乗り翩飜と舞う長い袖。……娘の舞は今様と見え声涼しく唄い出しました。
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春の弥生の暁に
四方の山辺を見渡せば
花盛りかも白雲の
かからぬ峰こそなかりけり
[#ここで字下げ終わり]
繰り返えし繰り返えし三遍まで娘は唄って舞い澄ます。
と見ると老人は眠っています。ゴロリと草の上に横になり軽い鼾さえ立てています。
「おや、お爺さんは寝入っているよ」
娘は急に舞を止め手を叩いて笑い出しました。
「こんな事はめったに無い。出した物[#「出した物」に傍点]をうっちゃって置いて寝入って了うなんて迂濶でしょう」
娘は面白そうに叫んだものです。
四
「ちょいとちょいと可愛らしい坊ちゃん」
斯う云い乍ら急に娘は四郎の側へ参りましたが如何にも早熟《ませ》た物腰で四郎の手を堅く握りました。
「妾《わたし》ね、貴郎を待っていましたのよ。ずっとずっと昔からね。遂々逢えたのね、嬉いわ。
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