町は何んとなく賑かでした。南国のことでありますから一月と云っても雪などは無く、海の潮も紫立ち潮風も暖いくらいです。桜こそ咲いては居りませんでしたが金糸桃《えにしだ》の花は家々の園で黄金のような色を見せ夢のように仄な白木蓮は艶かしい紅桃と妍を競い早出の蝶が蜜を猟って花から花へ飛び廻わる――斯う云ったような長閑な景色は至る所で見られました。
 髪は角髪衣裳は振袖、茶宇の袴に細身の大小、草履を穿いた四郎の姿は、天の成せる麗質と相俟って往来の人々の眼を欷《そばだ》て別ても若い女などは立ち止まって見たり振り返って眺めたり去り難い様子を見せるのでした。
 四郎は無心に海を見乍ら港を当て無く歩いていましたが不図砂地の大岩の周囲に多数の男女が集まって騒いでいるのに眼を付けますと、愚しい者の常として直ぐに走って行きました。
 岩の上に老人がいて何か喋舌っているのでした。
 白い頭髪は肩まで垂れ雪を瞞く長髯は胸を越して腹まで達し葛の衣裳に袖無羽織、所謂童顔とでも云うのでしょう棗《なつめ》のような茶褐色の顔色。鳳眼隆鼻。引き縮った唇。其老人の風采は誠に気高いものでした。
 と、老人は一同を見渡しカラカラと一
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