怠らず、万事融通のためなり」

 元文元年の正月であった。
 宗春は城内へ女歌舞伎を呼んだ。
 二十人余りの女役者の中で、一際目立つ美人があった。高烏帽子《たてえぼし》を冠り水干を着、長太刀をはいて[#「はいて」に傍点]、「静」を舞った。年の頃は二十二三、豊満爛熟の年増盛りで、牡丹花のように妖艶であった。
「可いな」と宗春は心の中で云った。「俺の持物にしてやろう」
 で、彼は侍臣へ訊いた。
「あの女の名は何んというな?」
「はは半太夫と申します」
「うむ、そうか、半太夫か。……姿も顔も美しいものだな」
「芸も神妙でございます」
「そうともそうとも立派な芸だ」
「一座の花形だと申しますことで」
 その半太夫は舞い乍ら、宗春の方を流眄《ながしめ》に見た。そうして時々笑いかけさえした。媚に充ち充ちた態度であった。もし宗春が彼女の美に、幻惑陶酔すること無く、観察的に眼を走らせたとしたら、彼女が腹に一物あって、彼を魅せようとしていることに、屹度《きっと》感付いたに相違無い。だが宗春は溺れていた。そんな事には気が付かなかった。
 その日暮れて興行が終え、夜の酒宴となった時、座頭はじめ主だった役者が
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