老人は立ち上った。
寝台に添った卓《テーブル》があった。卓の上に手箱があった。それを老人は取り上げた。
「おい、お若いの、此処へ寝な。寝台の上へ寝るがいい、そうして此奴を喫うがいい」
長い煙管を振って見せた。
「恐く無いよ。大丈夫だ、美しい夢が見られるのだ。華聟《はなむこ》の眠りという奴だ。味を知ったら忘れられまい。人生至極の幸福だ。肉身極楽へ行けるのだ。加陵頻迦《かりょうびんか》[#「加陵頻迦《かりょうびんか》」はママ、『広辞苑』では「迦陵頻伽《かりょうびんが》」]の声がしよう。天津乙女が降りて来よう。竜宮城が現出しよう。現世の苦患が忘れられよう。忽然として花が降ろう。桜も降れば蓮華も降ろうさあ寝るがいい寝るがいい」
併し香具師は動かなかった。気味悪そうに立っていた。
「ふふん」と老人は冷笑した。「おい、お若いの、怖いのか」
「莫迦を云え」と香具師は云った。「ただ俺には不思議なのだ」
「つまり、矢っ張り怖いんだろう」
「不思議と恐怖とは少し異う」
「解らないから不思議なのだ。不思議だから怖いのだ」
「よし」
と香具師は寝台へ行った。
「では俺を解らせてくれ」彼はゴロリと寝台へ
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