た。
一〇
春が逝って初夏が来た。花菖蒲の咲く頃になった。庄内川には鮎が群れ、郊外の早苗田では乙女達が、※[#「※」は「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28、72下−5]秧の業にいそしむようになった。
間もなく五月雨の季節となった。
屋敷町の中庭などに、カッと赤い柘榴の花が、こぼれるばかりに咲いているのが、暑い真夏を予想させた。
やがて土用の季節となった。ムッチリと肥えた名古屋女が、白地の単衣に肉附を見せ、蚊遣の煙の立ち迷う、水縁などに端居する姿の、似つかわしい季節が訪れて来た。夕顔の花、水葵、芙蓉の花、木槿《むくげ》の花、百合の花が咲くようになった。
そういう季節の或日のこと、香具師《やし》はフラリと家を出て、野の方へ散歩した。
野には陽炎《かげろう》が立っていた。夏草が塵埃を冠っていた。小虫がパチパチと飛び翔けた。気持のよい微風が吹き過ぎた。ひどく気持のよい日であった。
児玉を過ぎ、庄内村を通り、名塚を越すと土手であった。
眼の下に広い川が流れていた。それは他ならぬ庄内川であった。川には橋がかかっていない。渡船《わたし》を渡ら
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