るのが順当だ。……壁に耳あり、喋舌っちゃァ不可ねえ。こいつァひとつ掌《てのひら》でも書きやしょう」
「おお夫れがいい。では俺も」
二人は掌へサラサラと書いた。
「よいか」
「ようがす」
「それ是だ」
パッと掌を見せ合った。
さながら符節を合わせたように、二人の掌には同じ文字が、五個鮮かに記されていた。
居附づくり
というのであった。
九
爾来香具師は名古屋城内へ、自由に出入り出来ることになった。
人を避けて二人だけで――即ち宗春と香具師とだけで、密談する日が多くなった。そうして度々宗春は、香具師と連れ立って城外へ出た。二人は彼方此方歩き廻わった。何うやら、地勢でも調べるらしい。
時々酒宴を催した。いつも其席へ侍《はべ》るのは、他ならぬ愛妾お半の方であった。
何んの理由とも解らなかったが、不安の気が城内へ漂った。家来達は心配した。併し誰一人諫めなかった。それは諫めても無駄だからであった。活達豪放の宗春には、家老といえども歯が立たなかった。宗春以上の人物は、家来の中には居なかった。米の生る木を知らぬというのが、大方の殿様の相場であった。ところが宗春は然うで
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