の口を持って行った。
「おお爺さん、何をしているんだ。借家を探すんじゃァあるめえし、ためつすがめつ[#「ためつすがめつ」に傍点]人の家を毎晩毎晩何故見るんでえ。用があるなら這入って来な。用がねえなら帰るがいい。気にかかって仕方がねえや。それともお前は泥棒なのか。アッハハハ泥棒にしちゃあ少し年を取り過ぎていらあ。八十の熊坂って有るものじゃァねえ。なんの嘘をつけ[#「つけ」に傍点]熊坂なものか! 昼トンビの窃々《こそこそ》だろう! おっと不可ねえ晩だっけ、晩トンビなんてあるものじゃァねえ。どっちみち好かねえ爺く玉さね。帰ってくんな。帰れってんだ! それとも用でもあるのけえ。お合憎様ご来客だ。今夜は不可ねえ、出直して来な」
すると戸外の老人の声が、空洞《うつろ》の鉄棒を伝わって、すぐ耳元で話すかのように、明瞭部屋の中へ聞えて来た。
「お若えの、お若えの……」変に気味の悪い声であった。
「糞でも喰らえ! 巫山戯《ふざけ》やがって! 四十の男をとらまえて、お若えのとは何事だ! 尤もお前よりは若えがな」
「花をやろう、珍らしい花だ」
「ままにしやがれ! 仏様じゃァねえ! 花を貰って何んにする」
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