に相違無いとね」
「鳥渡お訊ね致しますがね」香具師は探ぐるように云い出した「ほんとに貴女様は眠剤を、毒だと思っていらしったので」
「あたりまえだよ。何を云うのさ」
「では何うして貴女様自身、毒をお飲みでございましたな?」
「ああ夫れはね」とお半の方は、物でも咽喉へつかえ[#「つかえ」に傍点]たように「一緒に死のうと思ったのさ」
「へえ、一緒に? 何人様と?」
「馬鹿だねえ、お前さんは!」叱※[#「口へん+它」、第3水準1−14−88、読みは「タ」、94上−20]するように嘲笑った。「誰と一緒に毒を喫んだか、お前さんには解らないのかい?」
「解って居りますよ。御殿様と……」
「それじゃあ夫れで可いじゃあないか」
「ふうん」と香具師は腕を組んだ。
 お半の方は咽ぶように云った。
「恨みは恨み、恋は恋、妾に執ってはお殿様は、離れられないお方なのさ」
 お半の方は項垂れた。
「……いよいよ毒薬で無いとすれば、別の手段を考えなければならない」これは心中で呟いたのであった。
 そこへ宗春が帰って来た。何となく勝れない顔色であった。ムズと坐って考え込んだ。
「殿様、何か心配のことでも?」こう軟かく香具師は訊いた。
「うん」宗春は顎を杓った。「江戸の吉宗奴が俺を疑い、町奉行の大岡越前奴を、隠密として入り込ませたそうだ」
「あっ!」と香具師はのけぞった[#「のけぞった」に傍点]。「ひええ。大岡越前守様が!?[#「!?」は1マスに横並び]」彼の顔色は一変した。「で、殿様のご対策は?」
「逆手を使って越前奴を、今夜城中へ招くことにした」
 宗春は不意に立ち上った「香具師来い! お半も参れ! 約束の天主閣を見せてやろう。……気が結ばれてムシャムシャする。天主へ上って気を晴らそう。高きに上って低きを見る。可い気持だ、さあさあ来い!」
 荒々しく宗春は部屋を出た。
 二人は後へ従った。
 御殿から出ると後苑[#「後苑」は底本では「後宛」と誤記]であった。西北に小天守が立っていた。小天守の中へ這入って行った。東に進むと廻廊があった。それを真北へ進んで行った。その行き止まりに天主閣があった。入口に固めの番士がいた。宗春を見ると平伏した。尻眼にかけて三人は進んだ。
 這入った所が初重であった。南北桁行十七間、東西梁行十五間、床から天井まで一丈二尺、腰に三角の隠し狭間、無数の長持が置いてあった。網龕燈
前へ 次へ
全43ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング